
写真 「朝日新聞」
2011年2月23日の新聞社の取材で彼はこう語っていた。
最初は助けが来るかどうかも分からずパニック状態だったが、一緒に埋まった先生が「落ち着いて」「長期戦になるかもしれないから体力を残そう」と声をかけてくれた。
「みんなで生きて帰ろう」と呼びかけ合い励まし合って救助を待った。
身体を挟まれたまま兄に携帯で電話をし、ここにいることを大使館に連絡してもらった。
右足を挟まれて動けなくなり、だんだん足の感覚がなくなっていった。今朝、少しずつ明かりが見えてきて「命は大丈夫」だと思った。
救助されるときに右足を切断したけれど、切るときには「仕方がない」と覚悟をしていた。
自分も暗いところにいて、つらかった。みんなも助かってほしい。
その彼が、義足のリハビリを乗り越えて富山外国語専門学校を卒業。晴れて富山市職員として採用され、4月2日の辞令交付式に参列したのをニュースで見た。1年以上前のことになるが今でも鮮烈に残っている言葉がある。
「(今の自分は)生きているだけで充分(満足)です」
若い青年の口から出たこの一言は、自分の心を忠実に反映した真実の声であったろう。翻って私たちは「生きていることだけで充分に幸せである」と言い切れる人生を送っているだろうか?彼(奥田建人さん)は二十歳に満たない若さでそれを体験した。
人生は良いこともあれば悪いこともある。悩んだ時、困った時、挫折した時、苦しい時、様々な「マイナス」という瓦礫に囲まれても、あの一言を思い出せば少しは気が楽になるだろう。
「生きているだけで充分」という次元があることを、若い青年が身をもって教えてくれたと思っている。
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