歌手で俳優の武田鉄矢さんが昨年10月心臓の手術をされた。武田さんは、本来は3枚あるはずの大動脈の弁尖(べんせん)が先天的に2枚しかなかった。先天性二尖弁(にせんべん)というらしい。
それが原因で、10年ほど前から大動脈弁狭窄症の症状が表れていたそうだが、それを大動脈弁置換手術で治し、今はもうリハビリを経て仕事に復帰しようとされている。
彼はレギュラーのラジオ番組でこの入院の時の体験を語っている。その話を聞いて私は、先日このコラムで書いた想定外という逃げ道が頭に浮かんだ。
武田さんは手術前日に主治医から手術に関する詳細な説明を受けた。近年では、手術の時は事前にインフォームド・コンセント(※)を行うことが多いと聞くが、武田さんにも関係する医師の方が入れ替わり立ち替わりやって来た。
(※)インフォームド・コンセントとは外科担当、麻酔担当など複数の医師から手術の手順等の細かな説明を受けたが、その中に歯科医師の先生がいた。歯は痛くないのに何故?と不思議に思っていると次のような説明を受けたらしい。
手術などの医療行為を受ける人が、その治療内容について十分に説明を受け、理解した上で (informed) 、自らの意思に基づいて医療従事者の方針に合意する (consent)こと
「武田さんは、今回の手術によって、ある薬をこれからずっと飲み続けることになります」
その薬は、血液が滑らかに流れるようにするものだが、副作用として血が止まらなくなるのである。だから、出血を伴う歯の治療は容易ではなくなる。虫歯があるとそれを直さない限り手術はできないと聞かされた。
医療とは何と周到な世界なのかと感じた。「想定外でした。まさか、こんなことが起こるとは想像すらできませんでした」では済まされない人の命を預かる仕事、正に命がけの世界である。
武田さんへのインフォームド・コンセントはさらに続く・・・
そして、治療行為のひとつひとつとそのリスクを洗いざらい並べられて、武田さんは「もう、うんざり」するくらい悲観的な気持ちになったそうだ。
(もちろん芸能人だからリスナーにおもしろおかしく伝えるような脚色はあるとは思うが...)
最後のとどめは「この手術を行ってあなたが死亡する確率は●%です」と言われた時だった。それは一桁台の数字だったが、死ぬことも可能性としてはあることを宣告された時の気持ちは経験しないと想像できない。多分、心臓手術する前に心臓が止まるような思いをしたことだろう。
武田さんは話を聞いているうちに疲れ切ってしまった。「もうイヤ!」という気持ちと「どうにでもなれぇ!」という開き直りの気持ちが交錯していたが、その後の主治医の一言で身体に電気が走ったという。
先生はこう言った。
「しかし、武田さんの命は、私たち医師全員が全力でお守りいたします」
この一言で覚悟が決まった、と武田さんは語っていた。
これが医療の現場で日常行われていると考えると、彼らの姿勢や努力には頭が下がる思いがする。彼らには、裕福で地位の高い政治家や企業の責任者がよく使う「想定外でした」というフレーズはかけらもないような気がする。
今日もまた、明日もまた、人知れず日々努力を続ける“名もなき”医師、医療関係者の方々に心から敬意を表したい。
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