島根県ではよくある普通の名前らしい。しかし、その名を初めて目にした時は「にしきおり」と読んでしまった。
少々昔の話だが、ジャニーズ事務所の人気アイドル「少年隊」のメンバーに同じ字を書いて“にしきおり”と呼ぶ人がいたからだ。(今でも現役)
本題は、有名になるに従って正しい読み方が定着してきたテニスの世界ランキングで日本最高位にある錦織 圭(にしこり けい)さんである。
日本人最高の世界ランキング20位の「テニスの星」。蛇足だが、私の青春時代の憧れは「巨人の星」だった。
テニスの星は22歳という若さ。これからの活躍が期待されるが、大きな長いスランプを経てきていることに注目したい。そう言えば、彗星のように現れた後、しばらく怪我で試合に出ていなかった。
5歳からテニスを始め、中学生だった2003年に盛田正明テニス・ファンド(※)対象選手となり渡米。以降フロリダを活動拠点としている。
(※)盛田正明テニス・ファンドその後、2008年までの活躍は目覚ましかったが、2009年5月に右肘を疲労骨折してからウィンブルドン、全米オープンを連続欠場。同8月には右肘の手術を受けて残りのツアーを欠場。
ソニーの創業者・盛田昭夫氏の実弟・盛田正明氏が創設した、有望選手を発掘して米フロリダにあるアカデミーに留学させるシステム
2010年はさらに厳しい年になった。怪我の影響で年初を棒に振り一時はランキングを失った。復帰後の4大大会では、全仏オープン2回戦でノバク・ジョコビッチにストレート敗け。 次のクイーンズ大会では初戦で敗退。ウィンブルドンではナダルに初戦でストレート負け。この頃、新聞等でも彼の記事は小さい扱いになっていたように記憶している。
何故勝てないか?悩んだ末に、発想を転換してプレースタイルを大きく変えた。エア・ケイに代表されるジャンピングスマッシュなどの派手な技は封印して、ラリーに徹するしぶとい負けないテニスに変えていった。
彼が復活するのは2011年。1月から全豪オープンに出場。初戦で世界ランク58位を下し、2回戦で世界ランク36位を破り、日本男子では46年ぶりの3回戦進出を果たした。2月のSAPオープンでは1回戦をストレートで勝利して、世界ランキング68位に浮上した。
デルレイビーチ国際テニス選手権の2回戦で2008年決勝の相手と対戦しストレート勝ちして2008年以来の準決勝進出を果たした。4月の全米男子クレーコート選手権では世界ランク11位をストレートで、準決勝では第7シードの選手をストレートで下し、決勝進出して準優勝。ここで自己最高の48位に浮上した。バルセロナオープンでは3回戦で敗れたが世界ランキングを47位に上げた。
全仏オープンでは1回戦で世界ランク56位にストレート勝ち。10月の上海オープンでは2回戦で世界ランク8位に勝利。3回戦では同48位に接戦の末勝利し、10月17日に発表された世界ランキングで30位にランクアップした。(日本人男子選手最高を更新)
11月のスイス・インドアでは1回戦で世界ランク7位を逆転で下し、先の上海オープンに続き世界トップ10選手に再び勝利。さらに準決勝では同1位のノバク・ジョコビッチを破る大金星を挙げATPツアー3度目となる決勝に進出した。
こうして彼は「テニスの星」となった。
人生には転機が一つや二つあるものだ。それをモノにするかどうかが一流か二流かの分かれ道となる。錦織選手は、スランプを克服して、過去の栄光を捨て、世界で戦える道をさぐりながら一流への階段を上りはじめた。
これから応援していきたい日本が誇るスポーツ選手の一人だ。また、同時にテニスを学ぶ子供たちに希望を与える星でもある。
それにしても錦織を表示するためにイチイチ「にしきおり」と入力しないと出てこないのはいけませんね。日本語変換ソフトを作っている方は即刻「にしこり」で出るように修正をお願いしたい(笑)
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