夢を購入するのが「宝くじ」だろうが、友人のブログに近畿宝くじ一等1000万円が惜しくも外れてショックを受けたと、当選番号が掲載された新聞記事と並べ、外れた宝くじの写真を添付していた。
組数が同じで、6桁の前から4番目までの数字が同じなのに、下二桁の数字が入れ替わっているだけ。それが入れ替わっていてくれたら当選だったのにと思うと、ご相伴に預かることが出来なかったことを考えながら、周囲に残念がる人達が多かった。
そんな宝くじは買わなければ絶対に当選しないということになるが、それを見ながらふと思ったことがあった。それは、最近に増えている車による交通事故の増加。特に高齢者によるアクセルとブレーキの踏み間違いが気になっている。
コンビニにバックで駐車しようとして突っ込んだり、数日前には喫茶店の壁に激突して店内にいた客の数名が軽症を負ったニュースもあった。
35年ほど前、妻が「自動車教習所へ行こうかな」と言い出したことがあったが、筆者が瞬時に「離婚してからなら自由に」と返して夫婦喧嘩が始まった。それは、妻の性格を考えてのことだったが、今でも間違っていなかったと確信している。
ハンドルを握らなかったら加害者になることがないのは当然のことで、宝くじと比喩するのは不適当かもしれないが、家族が車を運転していることがどれほど心配かという病的なほど心配性である筆者にとって、妻だけでも運転免許を取得しなかってよかったと思っている。
こんなオヤジなら、亀岡の少年が事故も起きていなかっただろう。少年が2年前にも単車の無免許運転で検挙された事実が明るみになっていたが、深夜に目的もなく家にいないという家庭環境にも大きな問題が秘められていたような気がする。
人生哲学ばかりを披瀝するので恐縮だが、プロは素人から指摘されるのが大嫌いなもの。だからこそミスをしないように仕事をして来た訳だが、謝罪するエネルギーとは想像を絶するもの。テレビのニュースで目に入った亀岡警察署長の謝罪などは、まさにプロではない事態を巻き起こしたことになるだろう。
「家族」が突然に「遺族」となってしまう事故。その結果がどれほどの悲嘆を生じさせるかは体験された人にしか理解出来ないだろうが、これまでの仕事の中でそんな方々に接して来たことから、ハンドルも手にしたら「加害者になるな」。歩いたら、歩道でも「被害者になるな」と伝えたいもの。関越道でのバスの大事故がなぜ防げなかったのかと思うと残念でならない。
周囲に「ひったくり」の被害に遭った人がいっぱいいるが、皆さんに共通するのは「私が被害に遇うとは思いもしなかった」ということであり、それらはどこかの国の「想定外」発言みたいだし、強いては「オレオレ詐欺」の被害者の体験談にも似通っているような気がする。
悲惨な結果を招いてしまった関越道でのバス事故。またその前の亀岡での無免許運転による事故も記憶に新しいところだが、どちらも睡眠不測による居眠り運転だった。
高速道路での居眠り運転の経験がある筆者だが、睡魔に襲われたら<眠ったらいけない!>と思っていても、いつの間にか心地よく完全に眠ってしまうので恐ろしい。
仮眠しようとパーキングエリアに立ち寄ってシートを倒すと、目が冴えて眠れず、もう大丈夫と走り出したら10分も経たない内に眠たくなるので大変だ。
冷たい水で顔を洗ったらよいとか、ガムを噛んだらよいという風説もあるが、それらはあくまでも一時凌ぎの域を出ず、間違いなく睡魔に負けてしまうと理解したいものである。
昔のことだが、禁煙を始めて10日目ぐらいに深夜の中央道で睡魔に襲われどうにもならず、サービスエリアでタバコを買ってしまったことがあったが、それはどうしても早朝に目的地に到着しておかなければならないという厳しい条件を背負っており、せっかく始めた禁煙を破ってしまったが、そんな筆者も禁煙してから7年目を迎えている。
運転中に睡魔が襲ったら「地獄への悪魔の誘い」と思うことが大切。自損事故ではなく、もしも他人を巻き込んだら大変なことになる。被害者を出す加害者になったらそれからの人生で背負うものがあまりにも大き過ぎるし、それ以上に悲しみの被害者側のことを慮ると、事故の前に悪夢の人生のシナリオを書き換えたいではないか。
このHPの訪問者には、タイトルにある「幸せ」を心に刻み、ハンドルを手にする時は絶対に事故を起こして欲しくないし、ふと目に留まった交通標語「お土産は 無事故でいいのお父さん」を書いておこう。
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終着駅という言葉に何か特別な余韻を感じるのは筆者だけだろうか。この「幸せ列車」のページは「誕生」から「旅立ち」まで設定されているが、人生をそれらに委ねて考えてみると、自身の年齢がどの辺りになるかを考えてしまうこの頃である。
筆者は「旅」が好きである。現役時代に講演活動で週に5000キロも新幹線で移動した体験もあるが、現在はゆっくりとした行程を考慮しながら、残された余生を楽しもうと考えている。
終着駅があれば始発駅が存在するのは当たり前だが、最近では出来るだけ始発駅から出発することに「執着?」している。
年間に何度か伊勢神宮に参拝するが、友人達と一緒の場合は近鉄の上本町で待ち合わせ、決して便利でも次の駅である鶴橋駅からの乗車をしないことにしているし、東京や博多へ向かう場合にも新大阪駅始発の列車を選択している。
それは、如何にも旅に出るというイメージを感じるからで、入線してから発車するまでの時間の余裕も旅の感覚の一つと考えているからだ。
鶴橋駅で伊勢方面への特急を利用すると、到着してから約1分で発車となり、何か通勤や仕事に出掛ける雰囲気になってしまうからで、それらは北海道へ飛ぶ飛行機でも同じで、ちょっと不便だが、伊丹空港ではなく関西空港まで運ぶことにしている。
ある時、腰痛を押して北海道へ飛ぶ際、自宅近くでタクシーを止め、阪和道経由で関西空港までと告げると、運転手さんから「この時間帯なら阪神高速から湾岸を経由した方が早いし、料金も割安ですよ」と言われたので「任せます」と返して出発したのだが、阪神高速の恵比須町から入ると本線上は大渋滞。「環状線だけですよ。南港へ向かう線に入れば流れていますよ」と言われるので期待していたら、その渋滞の原因は、南港へ向かう途中で発生していた大きな事故の影響からだった。
流れが止まって1時間以上も動かない。気になるのは出発の時間だが、やっと動き出したのはそれから40分以上も経ってから。お陰で関西空港へ到着した時間は、予約していた飛行機が出発してから30分後だった。
車内から搭乗変更の電話を入れていたので追加金を支払うことはなかったが、次の千歳行きまで3時間以上もあったので参ったという出来事で、腰痛が酷くなかったら伊丹への移動をしただろうが、「痛み」が「伊丹」行きを止めたという親父ギャグが浮かんだ体験でもあった。
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