1月14日付「お母さん、本当にこれでよかったの(1)」の続きです。
これは私の体験談である。父が78歳で亡くなったのは8年前のことだった。生前(それは亡くなる10年以上も前から)父は私をはじめとする家族(母、妹)にこんな事を語っていた。
「わしが死んだ時は密葬にしてくれ」
密葬って?と思ったが、言葉のフィーリングから「ひっそりと身内だけで葬儀をしてほしい」という意味だろうと考えた。今で言うと「家族葬」になるのだろうか。父のその言葉を家族は何度も聞かされ、それは一種の遺言のようなものとみんな解釈した。
私たちの親族はごく一部を除いてほとんどが、知らせを受けてから現地に到着するまで一日、二日を要する遠方の人ばかりである。しかも、父をよく知る人たちはみな高齢だ。
父は自分の余命を悟った頃から「葬式に出席したお年寄りが体力を使い果たして自宅に戻った後にすぐに亡くなった事を覚えている」「お年寄りたちにお金を使い、体力を使って遠方から来てもらうのは申し訳ない」と語っていた。
そして最終的に、近所のお付き合いのために行う儀礼的な葬式は不要だという結論に至ったようだ。
私もその通りだと思った。形だけの葬式に何の意味がある。私は若い時から形にとらわれる事を嫌っていたので父の気持ちはよくわかった。そして、自分も父と同じようなスタイルで送られたいとも思った。父が亡くなるまでは。。。
その思いは、皮肉にも父の死によって軌道修正を余儀なくされる。きっかけは、父の納棺の時に葬儀社の担当から言われた一言だった。
「奥様(母)はこれからも今の場所にお住みになられますか」
「えっ?そうですけれど...」
「僭越な話ですが、そうであれば奥様は今後も長くご近所の方々との交流があるものと思われます。例えば道ですれ違った時に挨拶を交わすこともあるでしょう。その時に気まずい思いをしないために今回の葬儀のことを町会に知らせておかれるのが無難です。私どもでお調べしたところ、奥様は□□□町会に入っておられますので、そこの○○会長に一言お知らせした方がいいと思います。よろしければ今から弊社の車で町会長さんの所に行きませんか。事情は私どもからご説明いたしますので」
父が救急車で病院に運ばれた日から臨終まで病室に泊り、親戚との連絡や葬儀の手配に追われ肉体も精神も疲労困憊していた私はそこで目が覚める思いをした。
「良くそんな大事なことを言ってくれた」と驚き、そこまで考えてくれる葬儀社でよかったとご縁に感謝した。
なるほど、一人暮らしになる老いた母にとっては近所付き合いは今後より大切になる。私と母は葬儀社の車で町会長さんを訪問して経緯を説明したのであった。町会長さんも理解を示して訃報の回覧板をすぐに回してくれた。
そして、意外でもなかったが、その日の通夜の時に、かなり距離があるにも関わらず母の町会の人たちが続々と訪れてお悔やみを述べていかれたのだった。翌日の葬儀の時にも通夜に来られた方の多くが焼香に来られた。
頑固者の父であったが、近所の人からは嫌われていなかったんだなと思うと嬉しかった。
それから数日後のこと、母から聞いた話から私は自分の至らぬ事にやっと気が付いた。町会の副町会長は母と同世代の女性である。この人も含めてご近所の(少し人生経験の長い)奥様方が毎週喫茶店で“お茶”をする。その時に母は副町会長の女性から「なぜ私に真っ先に知らせてくれなかったの」と詰問されたというのだ。副町会長としてのメンツがつぶれたと言うのである。
それを知って「我々の知らない所で同じような思いを抱いている人がいるかも知れない」と直感的に思った。それを考えもしなかった自分の至らなさに遅まきながら気づいた。
私はすぐに(血縁の)遠い親戚・近い親戚、友人・知人の3種類の少しずつ違う文面でお詫状を書いて送ったのだ。
それが以下の文章である。(親戚向け)
(父が死んだ時の状況を克明に説明した文章があってその結びを次のように締めた)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
父は生前、「これを私の遺言として守って欲しい」との事で、通夜や葬儀は行わない、もしやるとしても家族だけの密葬で行う事を強く求めていました。この事にはご親族の皆様方におかれては賛否両論があると思います。勿論、完全に家族だけで行う葬儀というものが都会の中で現実的に成立するものではありません。しかし私は父の遺言を守る事が最後に出来る唯一の親孝行と考えて、通夜および葬儀を近くに住む身内の者だけで行う事とし、去る△月△日に密やかにとり行いました。○○在住の親族の方も会葬して下さいましたが、故人の意思により御香典をはじめとするお弔いは全てご辞退させて頂きました。
皆様方には故人の意思をどうかおくみとり頂き、この密葬についてのご理解を賜りますようにお願い申し上げます。故人の意思でありますので恐縮ですがお弔いは全てご辞退申し上げます。皆様には父逝去のご報告が遅くなった事を心からお詫び申し上げます。
こうしてようやく親戚の間にも父の死が伝わることになり辛うじて事は円満に収まった。しかし、ひやひやする思いで少し痩せた。遠方からはるばる来て仏壇に手を合せていかれた親戚、仕事関係の方もおられ、人の死はけっして身内だけの問題ではないことを思い知らされた。
長い話になって恐縮です。結論も出ていないが以上が私の実体験である。
そして、今。。。
「私が死んだら遺された者で好きなように弔ってくれればいい」と思っている。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「お母さん、本当にこれでよかったの(2)」へのコメントを投稿してください。